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2016年12月23日金曜日

政府界隈のICTに関する感覚は本当に終わっているな。。。

とある地域創生絡みの情報を見ていて、標題のように思ったわけだ。まあ、テレビでもホリエモンあたりがときどき同じようなことを言っているようだが、それが実感できたということでしかないが。

そもそも、今どき「ICTの活用」という切り口を出してくる鈍感さ。ブロードバンドが普及し始めて何年経ってると思ってるわけ?これって「道路の活用」とかいって「物流に道路を活用しよう」なんて主張するのと同じレベルだろ、今さら。

で、「ICTの活用とは単にパソコンを使えるということではない」とのこと。まあ、これは間違いではないけど、これも今更感たっぷりの表現ですな。今どきならせいぜい「スマホやタブレットを云々」だろ。時代に追いつけてない感じがよく出ているね。

さらにここが致命的だと思ったところ。このくらいの感覚をもって「使いやすいソフトウェアがあれば高齢者でもICTが活用できるんだ!」などと、わかったような発言しちゃうんだよね。
私の母は60歳を過ぎてからインターネットで金融取引を始めた。事務の仕事をしていたからパソコンは触ったことがあるけどワープロの延長程度で、エクセルのセルに式を入れることすら不安を覚えるくらい。で、私がインターネット取引の話しをした当初は「今更出来ない」などと言っていた。ところが、私が実際に母の前でオンライン取引の様子を見せたところ、欲しい情報を得やすい状況に興味をもったようで、使い始めた。私が説明したのは売買における一連の操作と銘柄登録/削除くらい。あとは勝手に覚えて使っている。もう10年近く経過していると思うが、未だにやってる。

さて、私の母がオンライン取引ができるようになったのはなぜか?証券会社のサイトが誰にでも使えるソフトウェアで構成されていたからか?違うだろ。証券会社のサイトを使ってみれば一目瞭然のこと。

そもそも、「ICTの活用はパソコンを使えることじゃない」とか言っておいて「ソフトウェアを使いやすく作れば高齢者でもパソコンが使える」って、結局ICTの活用=パソコンを使うことになってるじゃん?

2015年7月20日月曜日

悩みと課題

とある交流会でのこと。

社会人一年生のお若い方が自己紹介する中で「悩みがある」と言い、話し始めた。内容は大雑把に言えば「高知にはいいものがたくさんあるのに売れない。どうしたらいいのかわからない」といったことだった。で、これを聞いて思った。こういうことを「悩み」にしてしまうのかぁ、と。

この場合、とりあえず問題(目標と現実のギャップ)は「高知にはいいものがたくさんあるのでもっと売れるはずだが、それほど売れない」とでもしておこうか。ここで解決策が思いつかないときに2つの大きな分岐がある。これを「悩み」にするのか「課題」と捉えるのか、だ。

「悩み」とは精神的苦痛のことだから、悩みを持つと、苦痛をどうやって取り除くか、というところにフォーカスされてしまうから、問題解決とは遠ざかってしまいかねない。一方で問題を解決するために課せられた「課題」と捉えるならば、解決するための現状分析→ギャップの明確化→ギャップを埋める方策、という流れで考えようとなる。

ちょっとした言葉遣いの違いだが、社会人の心構えとしては問題を課題にするってことは悩みにしてしまうのとは大違いだよね。

2013年12月28日土曜日

地域活性化とCSR

私が小学生の頃、実家には自動販売機が設置してあった。その販売機の横にはゴミ箱としてダンボールの空箱を置いていた。私がゴミ箱を見ると、いつもどこか別のところで買ったと思しき空き缶が捨てられていた。私はそれを見て、なんだか人のゴミをウチが捨てるなんて馬鹿馬鹿しいことだよなあ、などと思い母に聞いたことがある。すると母はこのようなことを答えたように覚えている。

「ウチの販売機でゴミ出してるんだから、その分ウチで片付けなければいけないだろ」

当時の私には何のことだかさっぱり分からなかったような気がするが、さすがに今となっては当然のことだと思う。


ここのところ車で遠方へ行く事が多く、道中で道の駅を始めとする各種施設に休憩のために寄ることが多い。が、ここで気になるのがゴミ箱周辺にある表示だ。よくあるのが、ここで買ったもののゴミ以外捨てるな、という主旨の張り紙。こういうものを掲示している事業体って私に言わせれば「我々は倫理観の低い事業体です」と自ら言っているようなものだ。道の駅なんて多額の税金を投入して設置されているのに、自分たちは無尽蔵にゴミ排出する分際で他からのゴミを捨てるな、などとは言語道断も甚だしい。

コンビニのゴミ箱には「家庭ごみは遠慮ください」という旨の掲示を見かけるが、これは理解できるものだ。コンビニのゴミ箱ような捨てやすい環境だと家庭ごみを捨てる輩などいくらでもいるだろうから。しかも彼らは私企業なのに家庭ごみ以外のものを受け入れる準備ができているのだから、利用者としてはむしろ有難いことだ。また、純然たる私企業が自分たちのゴミ箱に何でも受け入れる必要などまるでないと思う。しかしながら、道の駅のような公共性の高い、公金がたっぷり入れられた施設はどうあるべきなのか?CSR(企業の社会的責任)という言葉が一般的になって久しい昨今でもこの現状なのだから聞いてあきれる。

私は母を尊敬し、外からのゴミを受け入れない道の駅などの事業体を軽蔑する。地域活性化というと倫理的にも全肯定されるような印象があるが、私は軽蔑する事業体によってなされる地域活性化など成功してほしくないし、むしろ滅びてしまえ、と思うのである。

2013年10月29日火曜日

協力隊の交流の場が無価値(未満)なワケ

地域おこし協力隊をやっていると、

「他地域の協力隊との交流の場はないの?あるといいのに」

ということは必ずというほど聞かれる。で、それに対する私の答えは

「いらないです、クソの役にも立たないので」

もちろんもっと大人しい言葉で伝えるが。

今日、たまたま見かけた協力隊員のブログに村落LLPが平成23年に実施したアンケートの一部が紹介されていた。そこには不満らしきことが書かれているのだが、それらはそもそも、

  • そもそも総務省が提示している地域おこし協力隊の制度趣旨を見たとは思えない
  • さらに、自治体に自分が何を期待されているのか確認していない
  • 一人で活動できない
  • 自律的に活動できない
こういう連中だということが読み取れる。具体的に書いていこうか。
【Q.地域おこし協力隊の事業内容(ミッション)と現実のギャップは?】
55%がギャップがあると回答
【A1.特に地域住民から強い要望があったわけではなく、また市での強い思いがあるようでもない様子】
【A2.ほとんどが草刈りや農作業の補助などで作業者に過ぎない。提案や政策を考える時間はなく、協力隊とは結局、何を求められているのかが活動期間2年を迎えようとしている現時点で全くわからなくなっている】
まあ、A1は単なる印象なので特にないが、A2はまず「草刈りや農作業」を求められてるんじゃないの?「提案や政策」こそが自分のミッションだと勝手に解釈しているだけでしょ。「話しが違う」ということならまだしも。
【Q.役場担当者・部署との意識共有は?】
33%は距離を感じると回答
【A1.完全放置状態】
【A2.「いっしょにやろう」という感情を感じない】
これは33%しか距離を感じると回答していないのがむしろ驚きだが、A2「「いっしょにやろう」という感情を感じない」というのは何なんだ?何をしているのかしらないが、一緒にやろうと感じられないといけないのだろうか?一人で自律的に活動できるならこんなことどうでもいいはず。むしろ一緒にやろうなんて思ってほしくないからね、私の場合。
【Q.役場以外に相談相手は用意されているか?】
74%がいいえと回答
【A1.ビジョンの無い地域に制度として送り込んでも効果がないので、事前に総務省の担当者と第三者機関の有識者を協力隊を募集している役場に送り込み、チェックすることが必要である】
【A2.役場の担当者以外にアドバイザーが欲しい。なぜなら担当者は役場寄りなので、本音で相談できないから】
A1は典型的な「前提条件が一人よがり」なケースでしょ。単に定住して欲しいとか単に人出と金が欲しいだけの地域ならビジョンなんて必要ない。なんでアンタの前提条件に従ってチェックなんてしなきゃいけなんだ?A2は意味不明だが、本音を出さないようなヤツに親身に相談に乗ろうなんて人はプロのカウンセラーの類だけだろうから、金で解決しろや、とか言いたくなってしまう。
【Q.任期終了後の不安については?】
58%があると回答、20%はなんとも言えないと回答
【A1.地域おこし協力隊という行政担当者が喜びそうなキーワードを振りかざして地域活性化をしている気分に浸るのではなく、現実的に何が必要なのか、(特にお金、起業資金、起業に関するノウハウ)3年後にどうしたいのかを役場と協力隊が共有し、それに向かって全力で向かっていかないといけないと思う】
【A2.役場の協力体制が不十分な感じを受けますので、この土地を好きになれない可能性があり、違う町に行くなんてこともあり得ます。人を呼んでおいて何のカリキュラムも無いというのは失礼です】
QAがマッチしてないと思うが。。。A1はそういう気分に浸りたいだけでしょ?A2は何の確認もせずに協力隊になって税金貪っているアンタのほうがよっぽど国民に失礼だ。

というわけで、書いているうちにどんどん不愉快になって言葉が汚くなってきたが、協力隊の集まりに出てくるような連中は大半がそもそも前提条件がおかしく、かつ自律的に活動できないのであって、協力隊の集まりでこういう子供じみた「不満」を共有したいだけなのだよ。そんな場に行って何の価値があるのだろうか???

2013年8月12日月曜日

いの町の協力隊

2013/8/7に高知市内で協力隊仲間4人で飲み会をした。

協力隊となってから4人で飲むのはなんと初めて。全員クルマがないと自宅に帰れないから、お店で飲み会をするとなるとどうしても腰が重くなるのかと思う。だが今回は協力隊の一人が”卒業”ということで、協力隊4人で最初で最後の飲み会を開くことになった。

現在、いの町地域おこし協力隊は一ヶ月に一度全員でミーティングをする。全員で顔を合わせる機会はこれ以外ではあまりなく、ミーティングの内容はお互いの近況報告、情報交換、その時の心境が中心。
で、今回の飲み会で何を話したかと言えば、通常のミーティングと変わらず、酒が入ったから心境が若干多かったかもしれない、という程度。

いの町地域おこし協力隊の4人は方向性は全然違うのに話しは尽きない。我々はみんな「オレはオレだから」というスタンスでありながらお互いを尊重できるので話しやすいのではないかと思っている。あと「オレ、地域おこしやりに来たから」といったキャラの人がいないことも大きい。皆、この地で新しい生活を模索することを第一に考えているから妙なステレオタイプ的な発言もない。各種協力隊の集まりで話しを聞いていると「地域おこしやりまっせー!」という雰囲気の人は少なくないし、地域おこしのフリをして自分の趣味に走ってるだけの輩も少なくないように思うが、我々は地域おこしの話題はするものの、そういった輩とは違ったベクトルで話しをするのでストレスも少ない。こんな雰囲気で話しができる地域おこし協力隊は我々だけなのではないだろうか?

同じ協力隊でもこの時期にいの町の協力隊であることに感謝したい。

2013年4月21日日曜日

道具

フルマラソンで世界一速く走る選手とオートバイでフルマラソンの勝負をしたらほぼ間違いなくオートバイが勝つ。こんなこと当然だ。

道具は素の人間の能力を補完するために存在する。どんな道具だって人間の能力を超えた特徴を持つからこそ道具として存在し続ける。ハサミ、ドライバー、草刈機、乗り物、そしてコンピューター。どんな道具も使うことで素の人間の能力を超えることに意味があり、道具を作る人はそうなるように道具を作る。だから人間とオートバイでフルマラソンを競争したら当然オートバイが勝つわけだ。こんなことは言うまでもないことだ。

第二回将棋電王戦はA級棋士の敗北含め、プロ棋士の1勝3負1引き分けで終わった。ニコ生で5局とも(全てではないが)観戦した私にとっては非常に興味深く、そして感動した。マスメディアでは早速イメージダウンだのプロを脅かすだなどと書きたてているようだが、実際に見ていた人の大半はプロ棋士のスゴさに酔いしれ、勝敗に関わらずむしろ将棋のイメージを大きくアップしていたのではないか。

コンピュータは道具。テクノロジーが進歩する限り、人間の能力を超えて当然のものであり、そうでなくては意味がない。今回の結果はコンピュータ将棋がプロ棋士にとって有用な道具となりうることを世に知らしめたのであって、プロ棋士がコンピュータに負けたなんてことは歴史的瞬間を刻んだという程度のことでしかない。コンピュータ将棋はむしろ人間に完膚なきまでに叩きのめすことができない不完全な「道具」なわけだ。

42.195kmを人間と競争して普通に負けることもあるオートバイ、これがコンピュータ将棋の現状だよな。

2013年3月22日金曜日

擦り込み

小学校の卒業式に参加してどうしても気になって仕方がないことがあった。

祝辞の言葉を述べる大人たちから出てくる「夢や目標を持って励みなさい」という言葉と、子供たちから出てくる「私も見習って頑張らなければいけないと思った」という言葉。覚えていないが他にもいくつかあったと思う。これらを聞いて私は「ああ、こうやって擦り込まれていくんだ」と思った。

北京オリンピック柔道の金メダリスト、石井 慧のメンタルコーチをしていた平本あきお氏の『成功するのに目標はいらない』によれば、人には目標に向かっていたい「ビジョン型」と価値観を充足していたい「価値観型」の2つがあり、「価値観型」の人のほうが多数派だと言う。私は間違いなく「価値観型」なのでとてもよくわかる。なのに「夢や目標」ってことを出てくる大人が次から次へと言っていく。これは何なんだ?


自分が子供の頃のことを何となく回想してみる。目標がなければいけないという擦り込みは実際に私にもあったように思う。そこそこ年を重ねるまでそう思っていたような気がするが、いつかそうではないと気づいていた。「頑張らなければ」というような言葉は「点数をとる」ために言っていたような気がする。子供の頃なんて学校では何か聞かれれば点数をとるように答えるのが当たり前だった。だから作文などでは自分がどう思うかということよりカッコイイことを書くようにしていた。だからといってウソをついてたわけではないだろうから、大して考えずに点数をとりにいってたのだろうと思う。

ここまで考えて思った。私はこのような擦り込みに対して気づけるような素質と環境があったのだろうが、そういった素質も環境もなく育っていったのなら、それらの擦り込みは全て彼らの真実になってしまう。そしてそうとしか思えないような人たちってたくさんいるじゃないか。

擦り込み自体はともかくとして、同じ妙な刷り込みが何十年も変わらず語られているって恐ろしいね。

2013年3月9日土曜日

旅行とか観光とか旅とか

旅行にはそれほど関心がない。でもそれなりに思うことはある。観光地を順繰りに巡るような旅行にわざわざ行こうとは思わないし、人と一緒に旅行するのもあまり好きじゃない。だからといって観光旅行じゃない「旅」と言われてもやはりピンとこない。「自分探しの旅」なんて単なる現実逃避でしかないし。だから旅好きな人が観光旅行をする人をこき下ろしたりしているのを見ると不思議に思うわけだ。別に人それぞれ好きにすればいいじゃないか、と。

で、印象に残った旅らしきものを振り返ってみる。移住する前は高知に2年ほどで10回くらい旅行に来たが、そのときはハーフマラソンなど目的があったこともあるが、基本的には高知の空気を感じに行っていたように思う。街の空気を味わっているだけでもそれなりに満足できるから、観光地もそれほど行っていない。あと、大連に行ったときは日本では見られないことを一緒にやりたくてしょうがなかった。だから4車線くらいあるバイパスを何度も横断した。ショッピングモールのスケールの大きさを味わうのも好きだった。モールの中にいるよりモールの外を歩いて巨大看板を眺めながら歩くのが楽しかった。どうやら私は旅行先で非日常的な体感を得られると印象に残るらしい。

ここまで考えて思った。私は旅行で何か特別なことがあったわけでもないし、今後も旅を特別なものとは思わないだろう。だからやっぱり旅行が旅であろうと観光であろうと好きにしたらいいと思う。けど、こう思うのはきっと私が旅について真剣に向きあったことがなく、経験も少ないからじゃないだろうか。旅が好きな人はきっと真剣に旅することと向き合いながら何度も旅をしているのだよね。だとしたら旅好きな人が観光旅行を批判するのは私がビジネスや事業を綺麗事だけ並べてやるようなナメきった連中を批判することと同じフレームにはまってるじゃないか。

冷静に考えれば、このフレームってどこにでもあるな。気付いて良かった。

2013年1月4日金曜日

新年

本川に引っ越して半年が過ぎた。

過疎が激しいこの地域には廃れていくものがいろいろある。だから「復活」というテーマで取り組んでいこうと考えていたが、それらはどれも繁栄をもたらすことができずに終わってしまっただけのものだった、ということに気付いた。歴史上この地域に繁栄をもたらせたものは林業、ダム事業、発電所など国策に近いものばかりだ。私が見ていたものは一時的に取り組んでいたものであって、それをまたやったところで復活などと言えようか?

新年最初に取り組むべきは自分の頭の中の見直しかな。

2012年12月21日金曜日

亡霊

真紀子氏これが「落選」決定打
http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/63592/

「お父さんが泣いている」のくだりを読んでなんとなく。

これはきっと終わりの始まりなんだろうなあ。
政権を取れば自分の部下になる連中のことを公衆で露骨に扱き下ろしているような「無能な上司」はいつになったらその愚かを思うのだろうか。


高度経済成長時代の亡霊はこれからも社会につきまとうはず。
これからの人生、この亡霊とともに生きるしかないね。

方向性

昨日、本川地区の人口推移を調べるためにいの町役場のホームページを見ていたら「いの町移住支援情報」が目に入りなんとなく見てみた。そして「こんな人まってます」というところに書いてある一言。


「自然の中で、のんびり暮らしたい方、少しでもいの町に興味のある方はぜひご連絡をお願いします。」


うーん、そうか。いの町は地域の産業発展的な成長を目指す人材なんて望んでいないんだな。

今日は午後から雨なのに午前中の打ち合わせ出席にOKしてしまった。開墾は微妙なので一日調べ物するかな。。。


※HTMLタグ忘れが甚だしい。もうフツーの人とほとんど変わらんなこれ。

2012年12月20日木曜日

更新再開

地域おこし協力隊としていの町に委嘱されてはや半年。

協力隊ブログにもSNSにも合わないことを書き留めておける場所がストレス発散にいいなあ(笑)と思い、ブログを復活することにした。

生存確認すらままならないような不定期更新になる可能性大ですが、おヒマならお付き合いいただければ。